Kumiko Report 11/1/2002
私の大切な人

大切な人に会いに行った話しです。
フリーのジャーナリストで「凄み」のある男性NO.1は、辺見庸、女性NO.1は、松井やより、と思っています。

28日「松井やよりさんの健康回復を願う友人の集い」にいきました。10月4日、アフガニスタンで倒れ、帰国し、もう手のつけられない病におかされていることを発見。とりあえず、VAWW-NETなどの仕事をおり、奇跡的な回復を待つという松井さんの集まりでした。

初の女性記者として、朝日新聞の時代からアジアの女たちに視点をむけ、なにより、2000年12月に「女性国際戦犯法廷」を東京で開催し、慰安婦問題で昭和天皇を断罪しました。今、右翼に一番恐れられている行動するジャーナリストです。

松井さんは、私より10歳上ですが、その凄みでとても怖い印象をずっと持っていました。でも、2000年6月にニューヨークで行われた国連の「世界女性会議」で逢って以来、そのまっすぐなとてもピュアな精神に魅せられてきました。今回の私の本の出版パティーの呼びかけ人にも快くなっていただきました。

参加者は、500人近く、多分予定の2倍を超え、会場に入れず二交代制でした。それほど、松井さんの突然の病気に驚き、回復を願う人の多いこと。笑いのあふれる元気の出る集いでした。この集いから私は、人が生きるとは、命とは、仕事とは、社会的貢献とは、などなど言葉で尽くせないほど、さまざまなことを考えました。病気の松井さんからすごいプレゼントをもらったようでした。

松井さんの特筆すべき点は、ジャーナリストとして行動しながら「VAWW-NETJAPAN」など、組織を作って多くの人を巻き込み運動を作ってきたことです。社会悪に怒り、戦うジャーナリストはたくさんいても、運動体をつくり、広げていくジャーナリストは少ない。また、「戦犯法廷」の番組改ざん問題でNHKを相手に現在、裁判もしています。私がこうした場で簡単に言及できるような人ではないので、ぜひ、著作などでみなさん触れて下さい。

実は、松井さんのお父さんは、山手教会にいらした平山牧師です。弱いものへの限りない愛や、病気をとても静かに受け入れられていることは、こうした環境で育ったことゆえかと思いましたが、当日の略歴にはなにも書かれていない。
もちろん、子どもの現在に、親のことは関係ないのでしょう。でも、私だったら、娘がこうした状況のとき、「母横井久美子のもとに育つ」とかなんとか絶対書いて欲しい!この点からも、とても尊敬する松井やよりさんのようにはなれない「浅はかな私」と思った夜でもありました。

これから新潟に行きます。
今日から11月、皆さんもお元気で。

横井久美子

2002年11月1日

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