Kumiko Report 3/3/2003
ベトナム報告 3

そうなんです。私たちは、歴史上の人物にホテルで会ったんです!

22日私たちがホテルに到着すると、赤絨毯がひかれ、物々しい警戒振り。「誰かVIPでも来るのですか」と聞くと、キューバのカストロ議長がおなじホテルに泊まっていて、今、部屋からロビーに降りてくるという。それを聞いて、私たちはシークレットサービスらしい目つきの鋭い人に邪険にされながらも、全員ロビーに陣取り待ち構えたのでした。誰かが「でも、カストロも70歳過ぎているから、もうよぼよぼのジイサンかも」と言うと、「どんなにジイサンでも絶対見たいモンネ」と別な人が言ったりして、、、。

数人のセキュリティに囲まれてカストロが現われた。イヤー、背が高くて大きくて、いつもの軍服姿でなく背広姿でカッコいい。ゼンゼーンよぼよぼじゃない。突然私は「ビバ!カストロ!」「ビバ!キューバ!」と大声で叫んだ。(VIVA KUMIKOがここで役にたった)カストロは一瞬ギョとした顔をして、私の方を見たけれど、威風堂々通り過ぎていった。その後を追いかけるようにして私たちはキューバの歌「グァンタメナラ」を歌った。カストロは少しニヤッとしたようだったが、私は握手して貰えなかったのが残念だった。

ベトナム戦争のとき一番支援した国がキューバで、キューバはベトナムの一番の友好国だそうだ。今、経済的に困っているキューバを援助しようとベトナムは更に友好関係を強めているという。また、カストロがベトナムを訪問したのは、1973年、1995年、2003年の三回で、久美子さんと同じですねと、通訳のフンさんにいわれた。

ベトナムを9年ぶりで訪れて発見したのは、民族音楽がレストランや、パーティの席など随所で見られたこと。1弦琴、4弦琴、17弦琴、サオという笛やトルンという竹琴などなど。近代化が急速に進んでいる一方、こうした民族楽器やその奏者も復活していることを発見してアイルランドのことを思い出した。

トムさんという親の代から民族楽器を演奏している男性に、この状況を訪ねると「観光客が増え、音楽で食べられるようになったので、若者がこの世界に戻ってきている」ということでした。観光客向けという点では気がかりだけれど、退役軍人の会のパーティでも、民族音楽を日常的に楽しみ支える層がはっきりあることが分かりました。きっと、今後ベトナムからも「ワールドミュージック」のビッグヒットが生まれる予感がしました。何故なら、より民族的なものであるほど、より国際的になり得るからです。

今回の旅で私たちは、通訳のフンさんはじめ、平和村の献身的な小児科の所長さん、歌声で迎えてくれた平和村の子供たち、一晩で私たちのアオザイを仕上げるアオザイショップの女性たちなど、たくさんのベトナムの未来を感じっさせる人たちと出会いました。また、日本からそれぞれのキャリアを持ってツアーに参加された方々との出会いも含め、とてもいい旅できたと思っています。

来年も、こんな素敵なベトナムツアー&コンサートができたらいいなと今から考えています。

横井久美子
2003年3月3日




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