Kumiko Report 6/17/2003 |
原点に戻った春秋楽座![]() 休憩では、「越後紅30人組」の組長手作りの新潟から送ってもらったケーキが出され、藤沢貞子輝き隊代表の挨拶もあった。そこで藤沢代表が「今日は春秋楽座の原点に戻ったようね」と言われた。「春秋楽座」の発想は、私が燃え尽き状態でアイルランドを自転車で横断した『ただの私に戻る旅』の最後の飛行機の中で生まれた。 「アイルランドの旅は捨てる旅であり、拾う旅であった。私は自分を捨て、自分を拾った。職業からも年齢からも国籍からも自由になり、等身大の自分を発見し、自分を許し愛せるようになった。もう、生きていくのに何もいらない。何もなくても生きていける。『わずかな友と自然と歌』さえあれば。それが、私の最後に残ったものだった。〜日本へ帰ったら、人間がまとっているものにとらわれないで、一人ひとりの”こころ”と向き合って生きていきたいと思った。明日からその道を歩き、たくさんの人に出会っていこう。」(ただの私に戻る旅179頁) ![]() 1、何年か継続する。−イベントして私の前を通り過ぎていくのではなく、毎年春、秋にはこれから出会う町や人たちと継続して付き合っていきたい。 2、人数は40人未満。−オーストラリアの先住民族アポロジニの「集団として成り立ち、且つ一人一人が分かり合える人数」にヒントを得て。 3、団体主催はしない。ー組織や所属を離れ、異業種、異年齢の人が集い、まず自分が楽しみ元気になる場を。 そして、その地方の特徴を表す30人組の名前をつけてもらい、出演料も交通費を含み全国同一にした。参加者の上限を決めたこの世にも稀な(?)奇妙な楽座に各地のファンの方が手を挙げてくれた。再出発の私は、これには本当に励まされたのです。 彼らは今でも私の友人であり大きな財産で、新潟の「越後紅30人」のように、一年に春、秋と主催してくれて、今年の秋で12回目になる楽座も現れた。そして、生の声でどんな場所でも歌うということで私は歌手としても本当に鍛えられたのでした。 ![]() 横井久美子 2003年6月17日 |
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