Kumiko Report 4/9/2004 |
横須賀子育て&事前交流会 4月2.3.4と3日間、横須賀の3地域で、おやこ劇場のみなさんと、午後、夕方と計6回の交流をしました。5月に横須賀おやこ劇場主催で「横井久美子コンサート」が予定されているからです。、私は、今まで1日2回も公演をしたことがなかったので、横須賀での連続6回は、いささか疲れました。でも、恒例の事前交流会は別として、子育て交流会は、私の方から申し入れたのです。おやこ劇場の方から、最近、若いお母さんが、子どもをどう育てていいか悩んでいる。また、まじめなお母さんほど、「いい母親」を演じていてそうしたことがなかなかサークルで話し合えない、ということを聴いていたからです。 私は、母親の先輩として、若いお母さんと話したいと思いました。私は、自分の経験から子どもが生まれた瞬間、「小さな物体を見て、気持ちが悪いと思った」。その時「母性神話はまやかし」だと感じたと話ました。母親は、生まれながらにして母親ではなく、母親になってゆくもので、「母性神話」は、男性主導の社会が作り上げたものだと。そして、私が、「あなた達はどうかんじた?」というと、いっぱいいっぱい若いお母さんから、率直な話が出ました。 また、私は、3月11日に神戸児童殺傷事件の加害男性が仮退院したことに寄せて、その両親の手記が掲載され、その母親が、事件から5年も経っているのに、息子の「冤罪」を信じていたことに、その母親の息子を「愛する想い」に、びっくりしたことを話しました。そして、そのことに関連して私も以前執筆していた「本音のコラム」に精神科医の斉藤学さんの「償いも一人で」というコラムを紹介しました。「あの事件の本質は『子を想う』ことによって子の心を支配し、溶解してしまう母親からの分化(精神的分離)の試みであったと思う」と。そして、加害者は大きなリスクを背負って『個人化』をはかったはずなのに、、、。せっかくの『自分ひとりの罪』を親たちに共に担がれてはたまらない」と。 真の「個の確立」は、思春期をすぎても簡単にはできることではない。自分自身を振り返っても、人間は、いくつになっても誰かに依存しようとするものだと思う。でも、大人になった私達は、対立し、逡巡し、悩みながら個を確立していくことができる。それは、曲がりなりにも、私達の子ども時代は、地域社会や教師集団が存在し、親に個を「溶解」されなかったからだ。 今、いろんなところに出かけるたびに実感するのは、母親にかぎらず一人一人がばらばらにされていることです。でも、そうした状況に立ち向かうには、当たり前のことだけれど、Face to Faceで、顔を向き合い、話し合い、繋がっていく場をつくることしかありません。だから、おやこ劇場の方々が、こうした若いお母さんたちの本音を話し合える場をつくっていることにとても感心しました。母親の先輩としてお役に立てたか自信はありませんが、、、。 夜の交流会は、小学校高学年が中心でしたが、青年たちがいっぱいで、特に、20代前半の、社会に目覚め、職場で戦っている女性たちのいきいきした姿に感動しました。 やっぱり、若いっていいよね。明日からまた、水戸、福岡へでかけます。私も、若くないけれど、元気です。 横井久美子 2004年4月9日 |
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