Kumiko Report 8/11/2005 |
広島長崎、2万人余の前で歌う
CD「にんげんをかえせ」を、原水爆禁止世界大会に集まる方たちにぜひ聞いていただきたいという私の願いがかないました。主催者の方が快く受け入れて下さったおかげで、広島で2回〜女性の集い(3000名)広島デー集会(9000人)。長崎で2回〜文化の夕べ(4000人)長崎閉会総会(5000人)、延べ2万人以上の方の前で峠三吉の「にんげんをかえせ」を歌うことができました。また、国際会議の分科会や「集団訴訟」などの分科会でも歌いました。
この9日間の平和の旅は、自分が歌うことが出来たこと以上に、たくさんの収穫がありました。いや、収穫というより、核廃絶や被爆者について今まで、知っているようで何も知らなかったと、深く「反省」をしたと言ってもいいかもしれません。 広島で、長崎で、被爆者の方々の話を聞き、戦後60年も経っているのに、その被爆の苦しみ、恐怖が続いていること。一方で、これほどの苦しみを人類にもたらした核兵器廃絶が達成されていない被爆者の人たちの怒り。被爆者である山口仙二さんが長崎集会で言われていたことが胸に刺さります。「原水禁運動がはじまって50年経っても、核兵器はなくなっていない!被爆の恐ろしさが世界に伝わっていない!」 核兵器や被爆の実相を、私は、情報としてなんとなく知っていたつもりですが、知識として正確に、また、人間の感性としても深く自分に刻んでいなかった、そう思ったのです。特に、8月9日長崎のホテルでNHKスペシャル「赤い背中」を見て、その「反省」の思いは更に強くなりました。「赤い背中」の谷口スミテルさんは、11月20日「映像と証言と歌による告発」でよみうりホールに証言者としてお迎えする長崎の被爆者です。 谷口さんをはじめとする被爆者は「国宝」だと思いました。私は、NHKのビデオをコピーしてたくさんの方に見ていただいたり、英国の作家が書いた谷口さんがモデルの『ナガサキの郵便配達』を普及したりして、「国宝」をお招きするに十分な取り組みをしなければと思いました。 アウシュビッツを訪ねることもベトナムの枯葉剤被害を訴えることも大切。でも、被爆国の国民として自国の被爆者の実相を自らの感性に叩き込まないでどんな平和が語れるのかと私は思いました。質の高い国際会議で世界各地からの核被害者の訴えをきいたことも更にその思いを強くしました。また、なによりも、ざっくばらんで明るい国際会議は魅力的でした。 私は、今回の旅をして、被爆60周年の今年から私自身の核廃絶への運動を新たにはじめようと決意しました。「原爆症認定集団訴訟」に出会い、CD「にんげんをかえせ」が、私をこの道のスタートラインに立たせてくれました。といっても、CDを広め、集団訴訟を支援し、11月20日を成功させることが、今年後半の目標であることに変わりはありません。 嬉しいことに、広島でも、長崎でも、CDは完売になりました。また、広島では、東京、広島の輝き隊、長崎では、函館の方たちがたくさん販売行動に参加して雰囲気を盛り上げていただきました。夏から秋に向って皆さんと一緒に成功させていきたいと思っています。どうぞよろしくご支援下さい。 横井久美子 2005年8月11日 追記 今年の5月1日、ホーチミン市でご一緒に「国際平和友好勲章」をいただいた元世界平和評議会議長のチャンドラーさんと。参議院議員の緒方靖夫さんが通訳をして下さいました。 |
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